お笑いの技術論

ちょっと、まあ、お笑いの技術について語ってみようと思います。
まあ、コレを読めばあらゆるお笑いの仕組みを理解できるようになると思います。

まず、お笑いの構造を説明をします。
  • 何かと何かが同じ(同一性※同一性が発生した意外性を含む)、あるいは同じ境遇(共感性※同一性が発生した意外性を含む)。
  • 何かと何かが違う(相違性※二つ以上の何かに違いが発生)、あるいは思い違い(意外性※一つの何かに違いが発生)。
  • 合理的な構造(納得感※因果関係につながりが発生)、あるいは非合理的な構造(違和感※因果関係にへだたりが発生)

※いずれも構造に気付いたときに、「アハ体験」のような閃き時に起こる脳内の快感(高揚感)が生まれる。
※他者との「仲間意識」を強めたいときには反射的に笑い声や笑顔が出る。人間が猿だったころに、笑い声や笑顔で仲間の聴覚や視覚に訴えることで、仲間意識を高め集団行動(群れ)での生活を円滑に進めるための生理的作用だと思われる。
※いずれも“ひねり”が効いている創作物であれば、構造や創作者に対して感心(好意)が生まれる。
※いずれも構造を作り出した創作者を知っていれば、その人のキャラクター性が構造に付加価値を与える。
※いずれも芸人がネタとして行う上では、声質や言い方などの聴覚、芸人の見た目や動きなどの視覚、人柄や経歴などの情報が構造に付加価値を与える。
※一つの構造自体に複雑なニュアンスが絡んでいる場合がある。一つだけ言えることは、お笑いとは何かしらの構造を作り出し、「気付き」を発生させる必要がある。
構造に対して「気付き」が発生しなければ、なにも意識されないので笑い(面白み)は生まれない。
「気付き」が発生すれば、時間が経過してからでも面白みが発生する。つまり、数時間後に構造に気づいても「フフッ」となる(落語では時間差で落ちることを「考え落ち」と呼ばれる。
※構造が持つニュアンスの面白みの感じ方は、思考力や過去の体験、性格などに左右される。

「電話に誰も出んわ」
誰もが一度は見聞きしたことのあるダジャレだと思います。
構造的には一つ目は「『denwa』に誰も『denwa』」、二つ目は「『遠距離間通話機器』と『機器を使用したが、相手がいなかった』」と言ったように「同音異義語」になっています。
つまり、「同音」で「同一性」を作り出し、同時に「異義語」で「相違性」を作り出しています。
ただし「電話に誰も出なかった」こと自体が日常的に普通に起こり得るので、ニュアンス自体に気付いてもこれといって感心(アハ体験)には欠けます。

さて、漫才師の日本一を決めるお笑いの大会『M-1グランプリ 2009』で、お笑いコンビ・笑い飯さんのネタ「頭が鳥で、体が人間になっているという『鳥人』という奇妙な生物が子供の前に現れる」という設定の漫才で話題になりました。
そのネタを見て「すごい面白い!」と言う声をネット上で見たのですが、その面白い理由が「鳥人」という設定だけに向けられていることに非常にもどかしい思いになりました。
というのも、この鳥人という「設定だけ」が良かったのではなくて、鳥人のネタに使われていた「ボケやツッコミの技術のおかげで鳥人が面白かった」と言ったほうが正しいから、と思ったからです。

まず、ネタが鳥人の説明から始まりますが、その説明のあとに「そんなもん子供の前に出てきて大丈夫なんか?」とツッコミで切り替えしたところで会場から爆笑が起こりました。
なぜ爆笑したのか?
それは誰もが「確かにそうだな!」と思ったからでしょう。
「頭が鳥で、体が人間になっている生物が子供の前に出てきたら大丈夫じゃないだろうな」と、観客や審査員そして視聴者、誰しもが思ったことでしょう。
この場合、「そんなもん子供の前に出てきて大丈夫なんか?」という発言(ツッコミ)を聞いた瞬間に、「確かにそうだな!」と思わされる「共感性」、また「合理的(納得感)」が発生すると思います。
また、鳥人が自分の背中に子供を乗せておいて「飛べやしないけどね、だって体は人間だからね(合理的な構造)」と言い、「確かに羽がないから飛べないな」と誰もが思います。
さらに、鳥人が焼き鳥を食べていることに対し、「共食いやん」とツッコミを入れたときも、「確かに鳥が焼き鳥を食べるのは共食いになる」と誰もが思います。
このように構造自体に共感や納得感がある構造をしていると、理解されやすくなります。

一方、「何かと何かが違う(相違性)、あるいは思っていたこととは違うと思う(意外性)」というボケ方に関しては、理解されにくくなります。
例えば、コント師の日本一を決めるお笑いの大会『キングオブコント』の初代王者・バッファロー吾郎さんのネタで説明します。
一本目のネタは、「悪の帝王が実は市毛良枝(女優)さんだった」という展開でした。
二本目のネタは、「ロボット(登場人物)が実はうまい棒(お菓子)で作られていた」という展開。
どちらの展開も「同じだ!」や「確かに!」とは絶対思わないので「同一性や共感性、納得感のボケ」ではなく、「意外な正体だった」というところから「意外性」、また脈絡もないので「非合理的な構造」で笑いを誘う技術になっていたことが分かります。
ちなみに、一本目も二本目のネタも「とにかく意外なことを次々と言う(意外性)」という展開をしていました。

この「意外性の構造」に関しては構造上のひねりが効いていない(※複数の構造を取り入れていない)場合は理解されずらいので、バッファロー吾郎さんのネタはまさに「意外な展開だけ」で笑いを誘うため、人に理解されにくい構造をしていました。
特にこの意外性のボケは「ひねり重視(構造的にうまく作られているボケ)」を評価する人からすれば、「ただ単に極端なことを言っているだけ」にしか聞こえません。

先ほどの「頭が鳥で体が人間になっている」という鳥人の場合のように、「飛べやしないけどね、だって体は人間だからね」といったような「合理的な構造的があるボケ」が一般的には理解されやすく、一方でバッファロー吾郎さんのネタの場合は「意外性の雰囲気を楽しめなければ、まったく脈絡のない話になり、意味不明」になるので「意外性の雰囲気系のボケが好きな人」か、もしくは「バッファロー吾郎さんのことを好きな人」にしか通用しない手法になっていたのです。

キングオブコントのような全国放送の大会で理解されづらいボケをしていたのにも関わらず優勝しました。
そこで、面白さが伝わらなかった人たちがネット上で彼らのことをバッシングしました。
また、バッファロー吾郎の木村さんがバラエティー番組に出演したときに「オ~、ポカホンタ~ス!」や「絶好調っ、ナカハタキヨシですっ!」というギャグをしています。
そのときにスタジオにいる人は「ポカホンタスってなに?」「なんでナカハタキヨシなの?」という疑問にしか思わないので理解されず、結果スベっています。

このように意外性のボケの雰囲気で笑いを取りにいこうとすると、まず伝わりません。
同じ「シュール系のネタ」でも笑い飯さんの鳥人ネタとバッファロー吾郎さんのネタでは構造がまったく違っているわけです。

じゃあ、もし鳥人ネタが共感性や合理的構造性のボケではなく「意外性のボケ」だけで構成されていたとしたら?
もちろん理解されなかったと思います。
だから「鳥人」という奇抜で意外性のある生物が登場する設定自体より、伝わりやすいボケやツッコミの構造をしていたことが、なにより彼らの鳥人ネタがたくさんの人から受け入れられた根本的な理由なのです。
また、過去のM-1ネタで好評だった『奈良県立歴史民俗博物館』も、「博物館にはあんな機械的な動きしかしない人形が置かれている上、古めかしい音楽が流れているな」という「あるあるネタ」になっていました。
しかも人間ではない鳥人や博物館の人形を演じて非現実的な生物を登場させる、つまり「意外性」だけでなく「共感性」や「合理的構造性」を同時に発生させるため伝わりやすくなっていた、ということです。
この辺はバカリズムさんの「都道府県の持ち方ネタ」も同じで、「持つとしたらそうなるだろうな」と「合理的な構造性」の上に、「都道府県を持つという非現実的な行動」から「意外性」が発生させられるという2重の構造があるわけです。

笑いの方程式―あのネタはなぜ受けるのか (DOJIN選書 10)
井山 弘幸
化学同人
売り上げランキング: 40,327

さて、ここからは視野を広くして国際的なお笑い(コメディ)の話をします。
まず、アメリカのお笑いにはツッコミがありません。
なぜなら、ボケ(ジョーク)をするときには、一つのボケのなかに「同一性や共感性、合理的な構造性(非合理的な構造性)」を入れて構成するからです。

一方、日本のボケの場合は、ボケを作るときには意外性のある発言や行動だけで構成されることが多いので理解されづらく、場合によってはボケをした時点では観客から笑いが起きなかったりします。
つまり、アメリカではボケだけで共感性や合理的な構造性を作り出すのでツッコミを入れる必要がなく、日本ではボケの後にツッコミを入れて「共感性」を作り出して「面白さを後付けする必要」があるわけです。

ちなみに、ピン芸でネタをする場合、一人でボケるときに「意外性によるボケ」をすると伝わりづらいし、もちろん一人なのでツッコミを入れてくれる人はいません。
だから、日本でピン芸をする場合、だいたひかるさんや長井秀和さんなどのように伝わりやすい「あるあるネタ(共感できる話)」をする芸人さんが多いのです。

また、お笑いコンビ・ダウンタウンの松本さんはアメリカ人には「天丼がウケる」という結論を出しています。
この「天丼」を知らない人のために解説すると、一度した面白いボケ(シチュエーション)を時間が経ってからもう一度同じボケをして笑いを誘う方法です。
最初に行ったボケと時間が経過してから行ったボケが同じ(同一)だと気付くことで面白さが発生する仕組みなので「伝わりやすい」、だからウケるというわけです(※前に使ったボケをもう一度使う「意外性」、もしくはつなげる「合理的構造性」も同時に発生しています)。
日本人もアメリカ人も「同一性」や「共感性」などのように伝わりやすいボケをしないとウケにくいということになります。

最後に、日本のお笑い番組の手法について書きます。
すでに終了しましたが、日本テレビ『エンタの神様』では「あるあるネタ」をする芸人さんが多かったです。
もうお分かりだと思いますが、あるあるネタは「共感性を発生させる」から面白さが伝わりやすいです。
日本の芸人さんのネタで書籍化されているものは、ほぼあるあるネタをしている芸人さんの本しかありません。
それぐらいあるあるネタは伝わりやすい手法だと言えます。
だから、エンタのプロデューサーの人がお茶の間ウケしやすい笑いの取り方を考えた結果、共感性を作り出す「あるあるネタ」をする芸人さんをたくさん起用していたのでしょう。

また、日本のテレビ番組では「パロディ」という手法が使われることが多いことに気づくのではないでしょうか?
これは「同一性を発生させつつ、似てるけどどこか違う」という「相違性」を生み出す「合わせ技」のため、面白くなりやすいのです。
だから、コント番組で、パロディが多いわけです。

もし仮に「意外性」を重視して笑いを取るのなら、コントの金字塔的番組『8時だよ全員集合』などのように共演者に対してムチャクチャなことをしたり、セットにありえないような仕掛けをする「見た目による意外性」で笑いを構成する必要があります。

もちろん海外のおバカ映像が面白いのは「見た目の意外性」だからということになります。
「見た目」なので言語を問わない「意外性」は世界共通の面白さになり、またパントマイム的な「Mr.ビーン」が日本人にも通用するのも納得がいきます。

そもそも日本ってダジャレ文化がありますよね?
商品名とかでも受験シーズンになると、「きっと勝つ(キットカット)※チョコレート菓子」や「ウカール(カール)※スナック菓子」など、たいして面白くはないけど単純明快なお笑いの構造が認識されやすいから、昔から多用されてきたのでしょう。

まあ、面白ければ細かいことなんかどうでもいいと思われるかもしれませんが、世の中のほとんどの人が面白さを作り出す仕組みも知らずに「あの芸人は面白い!」と漠然とした理由を語っている人が多いので、この機会に知ってもらおうと思い、この記事を作りました。

スポンサーリンク